2012年01月17日

気持ちがひたすら

名古屋でのヴォイストレーニングの参加者に、
脳梗塞で右手が不自由になり、
右手が不自由で話し言葉は殆ど不自由な景子さん。

京都での偶然のような出会いで、
教室を知った彼女は、
去年の10月から今までの教室に参加されて、
いつも一生懸命で取り組んでおられます。

最初は殆ど言葉が判明できない状態でしたが、
少し分かる言葉が現れました。

伝えたい気持ちがひたすらなので、
麻痺している言語機能には「エーィじれったい」と必死です。

その彼女が年賀状を送って来られました。
突如この状態になられてから使いだされた左手で画かれた「龍」の絵と、
たどたどしい文字が添えてありました。

   

大事なことは本人が笑顔で、
意欲満々であること。

誕嘉鴣が「鼻の穴が小さいよ」と言ったら、
「あっそうかぁ!」と叫ばれたのは、
同席している受講生全員に通じました。

彼女の希望は、
「何とか月に2回受けられないかなぁ」と言うことです。

      

Posted by 松原廣始 at 20:11日々の生活と小さな歴史

2012年01月10日

ウサギちゃん

51歳から10年間修業した空手道剛柔流の、
師範の奥さんは空手も指導されますが、
京都の芸術大学を卒業されて絵を描き続けておられます。

イキイキとした動物を画かれ、
全国レヴェルのデザインの雑誌に入賞されたことで、
京都市のポスターを依頼されるようになられました。

猫とネズミやウサギに加えて師範もオジイサンとして登場されて、
生活の中に笑いありです。

  
  井手峰代画

私たちは動物や鳥や魚などと共に、
植物からも色々と教えられます。

この地球上で、
今も私たちと生きている世界を共有しているのです。
それを表現することが出来るARTは、
ジャンルは色々とありますが、
直接私たちの心に深く働きかけます。

50歳で入門して10年間修業して、
何とか黒帯の初段になった私はいったん休んでいますが、
リラックスを深めて80歳で再開する予定です。

本当にリラックスして「再入門させてください」と、
約束を取り付けて私は、
ヨーガの道を深めることを続けているのです。  

Posted by 松原廣始 at 17:27日々の生活と小さな歴史

2012年01月04日

仕事始め

今日から仕事開始です!

私は「生きる意欲満々」の今ですから、
子供の意欲と同時に大人の知恵が必要です。

私はどちらかと言えば無分別で思慮不足なので、
知恵が良く働く誕嘉鴣との組み合わせは、
天の配慮だと思っています。



毎年差出人が不明の賀状があるのですが、
今年もありました。
廣始・誕嘉鴣宛てで来ていますから、
ブログをご覧になっておられる方かもしれません。

この賀状にお心当たりがありましたら、
お知らせください。  

Posted by 松原廣始 at 11:58日々の生活と小さな歴史

2012年01月02日

こんにちは

THD手当てマスター養成講座通信   こんにちは№88   2012.1.

あけましておめでとうございます   松原廣始・誕嘉鴣
平成24年1月元旦

 大きく時代が変化しています。私たち夫婦も力を合わして、この変化の時を乗り越えて行きたく思います。

THD手当てマスター養成講座通信「こんにちは」は引き続き発行しますが、参加者が少なくなったTHD東京での「手当てマスター講座」は、交通費その他経費の都合のため四月で終了します。同時にヨーガ講座も閉鎖されます。

 五月よりはライフクオリティ研究所主催で私のヨーガ教室と誕嘉鴣のヴォイストレイニングの教室を、東京大田区蒲田の会場で引き続き開きますのでよろしくお願い致します。

 二人の東京でのこの教室について詳しいことは電話・ファックスで松原までお問い合わせください。
   Tel.075-461-2080 Fax.075-461-0789 松原廣始・誕嘉鴣

☆歳を取ると「体を温める」ことが必要 

 気温が下がる冬になると手足の指先だけでなく、鼻の頭や耳など空気に触れている所は縮み上がります。この時ゆっくりと深い呼吸をしながら寒さで縮み上がった場所に意識を向けて、集中するのです。

 もちろん必要な暖房や衣服は冬に備えてあるとします。食べ物や飲み物にも気を使います。 参考書としては 

 石原結實著「体を温める」と病気は必ず治る(三笠書房) を既に書いています。

 夏に食べるものと冬に食べるものは自然に変わります。今は食品冷凍保存や室内暖房での変化で、自然の気候の変化と身体の調整が食い違っています。

 四季の気候の変化がハッキリとしていた日本各地方により、対応する衣・住・食の変化が微妙に違っていました。それは地球の規模でも同様です。生える植物も生息する動物も地域によって異なり、海辺と高山では適する身体も違い、従って適する食物もそれぞれ異なります。ただ共通して言えるのは、適温を保ち続ける事が必要なのです。

☆安心を伝えるテレパシーを 

 元気な赤ちゃんは体温が高く顔も真っ赤です。夏はアセモが出来るので、肌をさらっとしておかねばなりません。しかしお腹を冷やさないようにするために「腹かけ」をします。下痢をしやすい赤ちゃんは手を当ててお腹を暖めると同時に、「大丈夫よ」と心の中で話しかけます。

 この「以心伝心」即ちテレパシーを使えるようにするためにヨーガが効果的なのです(「脳とテレパシー」(河出書房新社)濱野恵一著) 。

 赤ちゃんは敏感ですから、感じ取って安心して安らかに眠ります。ペットの動物達も同様です。虚弱な体質の場合には、大人が意識して少しずつ心身を鍛えてあげます。無理強いはいけません。必ず鍛える中に楽しさが(愛が)あるようにして下さい。 

 同時に高齢の老人にも、楽しさと愛が感じられるように手当ての工夫をしましょう。人が死ぬことの不安は実に大きいのです。
 ですから若い人の(息子・娘の)愛が老人の大きな支えになります。その時に表面だけでなく、心底からの愛であることが大切です。

 若い人は本当の自分を生きねばなりません。生きる事が喜びであれば、それをする事が出来る自分を育ててくれた親や先輩への感謝で満たされます。喜びでいっぱいの自分の子供を見る事は、同時に親の喜びとなるのです。老人が死ぬ寸前まで喜びで満たされている様に「手当て」を!

☆不安解消のためにヨーガを 

 安心で心が満たされていない原因としては、健康や人間関係や経済的な不安が大きいでしょう。そのためには自分が何のために生きているのか、ちゃんと問題に焦点を合わす事が出来るようにします。



 大晦日に息子が帰郷して昨日は家族で新年を迎えました。
少し前までは母親が色々と心配してあれこれと言うことに対して、
すぐに「うるさい!」と不機嫌になっていたのは、
とてもパワフルでストレートな表現でした。

 しかしやはり大人になって穏やかに根気よく対応してくれます。
父親の私が妻の誕嘉鴣に対して仏頂面になっていたよりも、
遥かにパワーが高いのです。

いずれにしても家族全員が夫々に成長して、
夫々が人の役に立つことをしようとしていることが感じられます。

今年も楽しく頑張ります。
よろしくお願いします。  

Posted by 松原廣始 at 10:06手当てマスター・五つの能力

2012年01月01日

オアシス便り

身体にやさしい「夢実現」ヨーガ    オアシス便りNo.70   2012.1.

 あけましておめでとうございます          平成24年1月元旦

1940年(昭和15年)生まれの私は、今は71歳、ようやく成年期です。今年もよろしくお願いします。   廣始(飛龍志)       

昨年は東北大震災の忘れられない年でした。それに比べれば私は平穏な一年とも言えるのですが、新しくヴォイス・トレーニングを東京、名古屋でスタートした事は大きな変化です。東京第1回目は台風で地下鉄全線ストップの忘れ得ぬ初体験をしました。第2回目も台風に会い“嵐を呼ぶ女?”なんてささやかれたり致しました。
 今年は京都のスタジオ・ビボでもV・Tのグループレッスンを始めます。今年も年令の事など忘れてしまって元気に過ごします。  誕嘉鴣

☆願望の成就 
 新しい年を迎えるにあたって強く感じている事は、全く新しいシステムへ私たち夫婦の生活が移行するということです。

 生活の周辺はどこもここも不景気なので、何とかしてそれを切り抜けたいという気持ちの人で一杯です。私たち夫婦も仕事をする気持で一杯ですが、不思議に気持は元気いっぱいです。これがヨーガのもたらしてくれる力だと解りました。不景気のお陰と言えます。

 京都市芸術家国民健康保険の機関紙に「今こそ生きる意欲満々」と題して寄せた原稿の最後の部分に、私は次のように書きました。

 “五十歳になるときに「何故自分の心身は一体につながらないのか」と、メカニズムを詳しく知ろうと身体心理療法学院で学ぶことにしました。「笛を吹くこと」が自分のこの世での唯一無二の願いだと気付き、それに向かってヨーガで身体を鍛え瞑想を深めて現在に至っています。無意識の底にある生きる意欲は、深い呼吸の力によってますます促進されているのです。”

☆呼吸の練習を 

 私が笛を吹く事が、子供の頃からの願望であったことに気がついたのは60歳を過ぎてからです。母が元気で記憶がハッキリしているうちにと思って、数日間にわたってインタビューをしてハッキリしたことなのです。

 小学校へ行く前に父が品川の古道具屋でフルートを手に入れ、友人と合奏をしていたことを知ったことは前に書きましたね。その後学校の門前で口の中にいれてビューッと鳴らす笛を売っているのが欲しくてたまらず母にせがんで買ったことや、唇と歯の間に丸く切ったフィルムを挟んで鳴らすことも思えば異常に関心があったのです。

 私たちの世代は小学校で習っていなかった「たて笛(リコーダー)」を楽器屋の店頭で見かけて、無性に欲しくなりこれは自分のアルバイトで得た小遣いで買いました。最近は中学時代の吹奏楽部の後輩達とリコーダー倶楽部を作り、名人芸を小学生に聴いてもらおうと練習をしているのです。

 鳥が鳴くように、あるいは動物が高らかに吠えるように、全身を響かせるには身体を普段の状態と違った状態にする事が必要ということに誕嘉鴣は気がついています。そしてその状態を作ることが彼女のヴォイス・トレーニングであり、私のヨーガの実習がその補佐にもなります。

☆月に一度のヴォイス・トレーニングを京都でも

  東京と名古屋ではヨーガ教室と共に、ヴォイス・トレーニングの教室が始まっています。京都では個人レッスンは何年も前からありますが、今年からグループ・レッスンとしてヨーガ教室と並行してヴォイス・トレーニング教室が始まります。
電話・ファックスで松原までお問い合わせ下さい。
Tel.075-461-2080 Fax.075-461-0789


 

沖縄の海に潜ってこの写真を写した息子が東京から、
昨夜重い荷物を持って帰って来ました。

家族が新年の元旦を共に過ごす、
年の初めのスタートです。

このブログを読んで貰っている皆さんも、
今年もよろしくお願いします。  

Posted by 松原廣始 at 09:11オアシス便り

2011年12月30日

ご先祖の誰かが好きなことを

若い時のカザルスの電気録音をCDにしたものを聴いています。
シューベルトの「楽興の時」や、
フォーレの「夢のあとに」ワーグナーの「夕星の歌」などが、
いや実に心をこめてチェロで歌われています。
声帯を使っていないのに歌です。



今の私がようやく気付いたのは、
カザルスのチェロで「歌うこと」が人の世界を離れて、
神の領域に入っていることなのです。

若い時期にそれを知ったカザルスは、
私にこうやって伝えてくれています。

たまたま私は子供の時に、
大好きな父が笛を吹いているのを無意識で聴いていました。
きっとそれが脳の奥で響いているのです。

高岡英夫氏は身体を緩めて自在に使われます。
やはりお父さんの武道武術の息づかいが伝えることを、
受け継いで伝えておられるのです。
それを伝えるために東大で研究されたといえます。

私は今になって妻から大事なことを習っています。
それは子供の時に大好きな父親が鳴らしていた笛と、
同じ様に響かせたいから。

恐らく父親は同じ様に前の世代の先祖から受け継いでいるのです。
祖母は三味線を子供の頃から巧みに弾いていましたが、
それはやはり彼女の祖父が三味線が上手かったそうです。

私の妹は染織で作品を制作していますが、
これは私たちの祖父の観察する力を受け継いでいます。
ちょいと筆で半紙に色々と孫たちに描いてくれました。  

Posted by 松原廣始 at 20:24楽器としての身体を創る

2011年12月21日

深い深い人間の物語

19世紀前半に活躍した、
ドイツ作家フーケーの作品メルヘン「ウンディーネ」です。
これを基にした音楽作品は多くあり、
オペラやバレーが創られているとのことです。

日本にも不思議なお話は多くあります。
幻想的と言えばいいのでしょうか、
水の中に関係があります。

30歳ころに私が買ったこの本を見てください。


(F.フーケー著武居忠通訳「ウンディーネ」株式会社東洋文化社発行所)

岬となって大きな湖の中に伸びている緑豊かな土地。
漁夫の家族以外には誰も住まず・・・、
という物語の冒頭部分から私が引き込まれたのは、
現在も演奏されているホフマン作曲のオペラがあるからです。

そしてまたもや「息づかい」なのです。
自然の中で息づくウンディーネは、
自然のままの人間になり、
どの人間よりも人間的で美しい。

あり得ない人間像をいつまでも追及したくなる、
老人のヨーガの夢は果てしなく、
やっぱり楽しいです。  

Posted by 松原廣始 at 14:57

2011年12月18日

脳内官能物質

何のためにヨーガで瞑想をするのか?

摩訶不思議な瞑想の呼吸の働きによって、
この世に生まれ生きることの喜びを、
私たちが産み出すから。

だからこの世に芸術があるのです。
私と妻の誕嘉鴣はその方法を、
多くの人たちに伝えたいと願っています。



このCDには多くの音楽が収められています。
映画に用いられたものも多くあり、
作曲家や曲名を知らなくても聴けば、
「あぁこれ知ってる」と思われるでしょう。

今誕嘉鴣のヴォイス・トレーニングは、
人気が高まっています。
不思議に元気が蘇るからでしょう。

それと並行して私も若返っています。
声を発する時の呼吸の方法が身に付き始めたからです。

ヨーガによって姿勢の、
特に中心の背骨の周りの筋肉と神経の、
変化成長に伴って(何歳になっても)、
脳内の官能物質フェロモンの分泌が盛んになり始めています。

来年は京都のスタジオでも、
誕嘉鴣のヴォイス・トレーニングのグループ・レッスンを、
ヨーガの教室と並行して始めますよ。  

Posted by 松原廣始 at 12:53楽器としての身体を創る

2011年12月11日

こんにちは

THD手当てマスター養成講座通信  こんにちは№87    2011.12.  
 急激に寒くなって朝に起きて外気に触れた途端に、手は冷たくなってしまいますね。

「ちょっと前までは暑いぐらいだった」と思っていましたが、このままで「手当て」をしてもされた方の体が冷えてしまいます。暖めることが大事なのですから、皆さんはそれぞれに工夫をして下さい。

 冷えると身体は固くなり、血液は流れ難くなります。とにかく暖めてまず自分自身を活性化しておくこと。冬の食べ物と暑い時期の食べ物は違います。飲み物にも工夫しましょう。

以前にも紹介していますが、(石原結實著「体を温めると病気は必ず治る」三笠書房)を役立てて下さい。毎日の食事は楽しいですよ。

 以下の文面は2年前の2009年8月にオアシス便りに書いたものを、そのままコピーします。それぐらい手当てには重要な内容だと思います。

☆チャクラのこと・シャクティのこと 

 
(佐保田鶴治著「ヨーガ入門」池田書店 P.161)

どのヨーガの本にもチャクラのことが書かれています。図としては尾骨から頭頂までの背骨にそって、サンスクリット語で「力の湧き出る泉」という意味のチャクラの場所が示されています。

しかしヨーガで設定されている、精神発達の基盤のシャクティという力についてはあまり書かれていません。これは宇宙を創造し動かしている力を意味するサンスクリット語です。

「宇宙とつながれば望みが実現する」は、これを言っていますね。ヨーガの原理によると、私たちの発達の最終段階で生まれる創造性は意識の根源を表すシバから湧き出るとされています。

 ちょっと分かりにくいかも知れません。しかしせっかくヨーガを始められたのですから、ヨーガで高度な精神発達を自己実現した人の世界のことを知って頂きたいです。

 私は始めた時からそれを目指しています。私たちの精神発達の最終段階に「転生」が起こると考えられていますから。私たちの成長過程で、身体的シャクティが完成したあとにこのシャクティは精神的シャクティに変わって、それがクンダリーニと呼ばれています。

 身体的に発達して生じた性衝動の最高状態が、精神発達の出発点なのです。ですからクンダリーニは尾骶骨の少し上のチャクラで眠っているとされています。私はこのクンダリーニの発現のために必要な、精神的発達のために必要な性衝動は長年抑えて来ていました。幼児期の教育の影響です。他には環境の影響もあります。

 しかし私はクンダリーニが目覚めることを根気よく続けたおかげで、宇宙を動かす力としてのシャクティの二つの面・身体的シャクティと精神的シャクティが絡み合って上昇し始めています。世界中で多くの方がヨーガに取り組んでおられ、そして宇宙とつながって夢を実現しておられます。私たちも真の自分にこの世で生まれ変わり、真の自己実現をしましょう。
 
 性の衝動を必要以上に抑圧することなく、十分に発達させて精神的に成長しましょう。これは何歳でも可能なのです。動物的な世界では性エネルギーは、子孫を残すためだけにしか使われていません。

 しかし私たち人間には、精神的な発達のためにそれ以上のエネルギーが与えられています。これからの世界は、そのエネルギーを十分に活かして多くの問題を解決していかねばなりません。 
(2009年8月のオアシス便りNo.41より転写)

「精神的な発達のため」には、自分の子孫を後世に残すためではなく自分が生きている間に自分のエネルギーを「人の役に立てる」ために使う必要があります。自分の親への感謝(ありがとう)の気持は、肌の暖かさによる「安心感」として直接伝えます。親に限らず縁のある人達へも同様です。  

Posted by 松原廣始 at 14:56手当てマスター・五つの能力

2011年12月06日

オアシス便り

身体にやさしい「夢実現」ヨーガ
          オアシス便りNo.69       2011.12
 
 今年も最後の月になりました。3月11日に東北大震災が起こってから、私たちの生活には大きな変化が起こりました。この変化が起こることは、既に多くの預言者たちによって私たちに知らされていましが、実際に起こるまでは信じられないものですね。

長い時間の流れの中でヨーガの教えは、私たちの身体を非常に精密な機械であるとして取り扱っています。無理をすれば当然痛むということは、数千年前から言及されているのです。また安易な方法で解決することは、体に対して優しくないということも同様に言及されています。

 子供の頃からの私の超高血圧も、(去年の測定結果では216mmHgが2ヶ月間での最高値です。普通の医師はすぐに薬で下げようとされます。) 私は心臓の専門医と相談して、怖がらずに根気よく付き合っています。

 身体のあちらこちらの固まっている所が、徐々に緩みつつあるのがわかります。食べ物にもお酒にも注意していますが、美味しくて実に楽しいものです。

どなたでも皆さんは夫々に、ご自分の身体が癖を持っています。それを決して恐れずに、否定せずにちゃんと自分の身体を優しく見てあげましょう。仲間が出来るとお互いの励みになります。

 世話をしなければならなくてもならない老人も、若い人の持っていない経験があります。お互いに役に立つ力を出し合って、新しい時代を生きて行きましょう。

☆呼吸の仕方と身体の関係を 

 自分の呼吸と身体の関係を良く知るために、鼻の機能を知りましょう。と言うわけでずっと続けていたことなのですが、鼻の奥が狭い私がとうとう気付き始めました。生理的食塩水とおよそ一緒と思われる濃度の水を、最初は両鼻から吸い込み口に出すことです。それに慣れたら片方の鼻から入れもう一方から出します。長年続けていますが最近やっと大きな変化が現れました。

私の鼻の奥が普通の人よりもはるかに狭いということは知りませんでしたが、
50歳頃に身体心理学療法学院で学んだときに初めて知りました。(これが変わり始めたのも大変化の一つです。) 

 始めた頃は水を通すだけと思っていたのですが、ヴォイス・トレーニングで呼吸筋を鍛えたことの成果が現れたのでしょう。冷たい水を鼻の奥に入れる時に、肛門が冷たく感じるようになったのです。毎朝これを繰り返して、今年は半年してとうとう水を通さなくても肛門から息が入るような感覚が出て来ました。

 そして今は先月紹介した、産婦人科医のケーゲル氏の開発した体操も、これによってより明確にコントロール出来ます。私は毎朝、生理食塩水を自分の勘で適当な濃度でやっています。

 ※生理食塩水(せいりしょくえんすい)は、体液とほぼ等張の塩化ナトリウムの水溶液(食塩水)。日本薬局方・処方せん医薬品では塩化ナトリウムを0.9w/v%含有する食塩水を「生理食塩液」と定義している。これは、人間の体液とほぼ等張となる食塩水の濃度である。(ウイキペディアより)

☆生きるエネルギーを100パーセント活かしましょう

 鰐がバシャッと尾で水を跳ね飛ばすように、全ての動物の生命のパワーは基底のチャクラにあります。植物も大地に根を張り生きるエネルギーを獲得します。私たち人間もここが基底のチャクラでありますが、人によってここが100パーセント燃えていないのです。

 その原因は「死が怖い」という不安により、病気に対する免疫が働かなくなっているからと言われています。この不安を除去する方法は、呼吸を深める事に尽きるのです。自分では充分であるつもりでも、呼吸器を動かす体操を繰り返すことによってどんどん深まって行きます。



ちょっと僕も賢くなりましたよ。

こういう記事を公開する前に、
昭和16年生まれの主婦の感覚の、
誕嘉鴣にチェックして貰うのです。
結構厳しいですよ。
僕は奥手の昭和15年生まれの男性です。

長年の間読んで頂いている多くの読者に感謝です。

ほんまに おおきに!
   

Posted by 松原廣始 at 13:37オアシス便り

2011年11月21日

芸術家国保への記事

   いまこそ生きる意欲・意志が充溢   松原廣始 

 私は子供の時から何故か「笛を吹きたい」と願っていました。中学生になって吹奏楽部に入りトランペットを吹いてましたが、倉庫の片隅に壊れて転がっていたフルートを見つけて、家に持ち帰って修理して吹き始めました。

「松原君それを吹けるじゃないか」と先生に言われて、クラリネットと持ちかえて文化祭のステージで吹きました。

 この楽器に出会ったことの理由を長年全く考えずに吹いていたのですが、今から五年前に八十二歳で亡くなった母が、亡くなる前に戦後の東京の闇市場で父がフルートを手に入れていたことを話してくれたのです。

 父は学生時代のオーケストラ仲間で大森に住む友人のヴィオラ奏者とフルートで合奏をしていたのです。その父は私が十歳の時に結核で亡くなっています。鉱山技師として働いていた父は中学時代からピアニストであり美学者でもある東貞一氏にピアノを習い、ベートーヴェンのソナタを深く愛していました。

 しかしその当時は男がピアノ弾きになることは、タブーであって彼は京大理学部教授の父の意に沿って(やむを得ず)学業に励み、鉱山技師となりました。
私も高校から大学に進む時に同じようにやむを得ない道を選んでしまったのです。

 中学から高校への進学の時に先輩に「松原、お前も音楽高校へ来いや」と勧められて、祖父にその希望を伝えたのですが一蹴されてしまいました。その時に山城高校の合唱部にフルートが何故か保管されているということを教えてもらって、私に新しい夢が残ったのです。

 「フルートを貸して下さい」と顧問の先生に頼みに行き貸してもらえたのですが、条件として合唱部に入る様にいわれた訳です。クラブに入り指揮者として活躍しながら、フルートを借りてひたすら練習に明け暮れました。

 「祖父が病に倒れています」とそれらしい理由を付けて修学旅行に行かずに、後から一人で東京に行き銀座の楽器店で音楽大学に入れる程度の、ケーラーのエチュードを手に入れて練習しました。

 しかし高校卒業後の進路の判断としては将来安易に食べて行くことを考えて、大学は京都工藝繊維大学の繊維化学科を選んでいました。京都大学受験を滑った後の大学としては、工繊大の二十三倍と言う倍率に惹かれていました。こんなに倍率の高い学校に進学したのは十歳にして父を亡くしている自分が、地質鉱学の学者である祖父に非常に気を使っていたからです。

 大学卒業後の就職にはゴム会社の研究所を選びましたが、その会社にいたのは3年間だけです。
 
 高校時代に合唱部にいた同学年の佐久間孝子さんは音楽大学を卒業した後に、音楽的技術や人格等を考慮されたうえ教授達の推薦で大学に残りました。私は阪急電車での出張で偶然彼女に出会って「結婚するならこの人だ!」と思い、二十五歳で一緒になりました。

 私は会社で仕事をしながらも自分の異常なほどの音楽好きを不思議に思って、笛(リコーダー)で知り合った谷村助教授の下で自分を追求しようと関西学院大学美学科に再入学したのです。

 そこを卒業して祖父母達から引き継いだ家や屋敷を音楽スタジオに改築し、しばらくは子供達に「歌って遊ぶ」音楽を教える教室をつくりました。

 五十歳になるときには、心と身体を繋ぐメカニズムを知りたいと身体心理療法学院で学びました。そして三年後には自分の部屋をライフ・クオリティ研究所と名付けて、生計を立てようと治療士の仕事を始めたのです。

 しかし本当にやりたかったことは、「笛を吹く」ことなのです。その自分の夢の実現ためには心身の準備がまだ不十分であると、もっとヨーガ瞑想を深めようと現在に至っています。

 平成二十三年に七十一歳になった私は、身体の老化で運動が出来なくなることが増えています。しかし不思議なことにこの世を生きる楽しさはヨーガによって、どんどん増えているのです。

 脳の中の使っていない部分がハッキリして来ますし、身体だって使っていない弱点がハッキリしているのです。科学技術が発達して、付いていけないと同時に未発達な部分は繰り返し使って鍛練すればいい。

 使いすぎてくたびれて固まっている所は、伸ばしてから充分に休めて柔らかさを取り戻せばいいのです。筋肉が老化してしまっていても、老人の知恵を活かして工夫して使う方法があります。

 と言うわけで、少しずつ上達する笛を追求しながら、子供の時から好きだったことを「練習してこんなに楽しいことはない」と思うのです。経済的には妻と一緒になって働いています。こだわりから離れることこそが自分の壁を破る決め手だと、次々と大決心してエイヤッとばかりに手放しています。

 ガチガチで石頭であった自分が実に楽しく毎日を過ごしているのは、ヨーガの瞑想で頭の構造を変化させ、子供の時からのこだわりを捨てて自分の本心に近づいているからです。
 
 ようやくこの年(71歳)になって自然の(神様の)大きな力のお陰で、私はこの世に必要な存在として生きていられると気付きました。有難うございます。



 昨日は母の5年祭でした。
妹たちは京都にいますが、
母の従兄弟のお嬢さん(63歳)が、
遠く福島県の郡山から参列して下さいました。

シュール・レアリズム画家として生き、
戦後の郡山市の文化人として、
また日本の大きく評価されているお父さんのことは、
新しい時代の中で「本当に自分を生きた人」として、
私は心から敬愛しています。  

Posted by 松原廣始 at 10:56日々の生活と小さな歴史

2011年11月14日

こんにちは

THD手当てマスター養成講座通信 こんにちは№86  2011.11. 

11月に入ってすぐに京都の私たちのスタジオ・ビボでの例年のコンサートを開きました。若いころに70数回の無料コンサートを数年間繰り返してから、有料コンサートにして数年経ちました。

 今回のコンサートは聞いていただいた皆さんに深く感動していただいた、記念すべきコンサートでした。 誕嘉鴣先生は音楽家を志して大阪音楽大学で学び、将来を期待されて大学に残って指導をしていたのです。

 しかし彼女は本当に身体が響くようにすることが必要と思い、その道を追求することで師と意見を異にして大学を辞任しました。このことは今までは研究科でヴォイス・トレーニンの講師として彼女が参加する時に、紹介しています。
 
 手当てによって心身の病気が快癒するのは、手を当てる人が下腹部の中心で深い呼吸をして「絶対安心」を病人に伝えることが出来るからです。古来の日本では「肚」と言われる場所で、自然の根源力と結びついていると言われる呼吸をしていました。

 それをドイツの大学のカールフリート・デュリュクハイム氏が日本に留学し、「肚hara 人間の重心」として著わし世界に紹介しています。

 稽古事には残されて伝えられていますが、現代の殆どの日本人が忘れかけていると言われている大事な「肚」の呼吸です。

 誕嘉鴣が「逆腹式呼吸法」として伝えているのは、その「肚」を鍛える方法です。その「肚」を活かしてのコミュニケーションが、手当てなのです。確実に大事なことが人に伝わります。

☆自分自身の発見の道 

 ヨーガは古代インドから伝わるヒーリング技法に端を発しています。呼吸に伴って身体の中心にある垂直の上下軸上に7つのエネルギーの渦が発生している。それを発見し働きを理解することや、その働きが不活性状態になっているのを活性化することが、自分自身を育てる道なのです。

この背骨に沿っての7つのスポットは、ほぼ内分泌線と神経系と一致しています。ヨーガではチャクラと呼ばれ夫々の働きに特性があります。先月の中級3回目のクラスでは表を2つ配りました。どちらも簡単に書かれているので理解しにくいかもしれません。今月の研究科では更に理解できるように、今月の授業でチャクラの表をより詳しく見たいと思います。

研究科を卒業した後の研修・研鑽科ではテキストとして産調出版の「チャクラヒーリング」と「チャクラを活かす」を使います。

☆特に不完全な状態の基底と仙骨のチャクラ

 明治維新より前の日本では、非常に解放されて教育されていました。古来日本では神道と仏教は共に教育組織を作り上げ、「お互いが援けあう日本人」を育てています。

 若者は老人を援け、老人は若者に経験を伝えて援けあっていました。しかし明治維新前後で西洋諸国の勢力と触れたことで、日本の指導者たちは近代兵器の差・戦力の差を痛感し、イギリスやドイツから西洋の教育制度を取り入れました。当時世界を制圧しようと積極的に日本にも迫っていたアメリカのことも無視できません。

 国の財力を増やすために外国を制圧することや、立身出世して富豪になることをエゴ(我慾)の第一目的にして、学業を強制する風潮が日本に出来あがってしまいました。

 そのことはようやく最近になって見直され明治維新の前の江戸時代やそれ以前の時代のことが、テレビ・ドラマやマンガでどんどん取り上げられています。

 中世に出来あがってしまったキリスト教の「性の罪悪感」を根底に持った西洋の学校教育を、近世の日本は後れを取り戻そうと、学校教育に取り入れています。

 自由であった日本国民はしっかりとその「性に対する罪悪感」を、子供たちの頭に植え付けてしまいました。本来「性」は自然な喜びの感覚をもたらすのです。

 

その自然な喜びを表現するのが創造的な芸術であって、芝居や歌、画業、映画でその「喜び」は創り出されています。どれも全てが身体と呼吸に繋がっています。

アフリカからアメリカに連れてこられた黒人の子孫のサッチモは、
大事な「心」を失うことなく、
大好きなトランペットで「歌う」ことを続けました。

私は大好きな「笛=フルート」で「歌おう」と続けているのです。  

Posted by 松原廣始 at 22:06手当てマスター・五つの能力

2011年11月08日

オアシス便りNo.68

身体にやさしい「夢実現」ヨーガ オアシス便りNo.68  2011.11 

老齢になって、私は身体的に初めて体験することがあることを知りました。先月に体験したのは、排泄・排尿の筋肉が弱って来たということです。  

いつも申し上げているようにヨーガではまず筋肉が 
1.使いすぎて緩めていないために固まっているか 
2.使わないために弱すぎるか 
を調べます。そして次に 

1.弱い筋肉を何回も意識的に繰り返して鍛練 
2.固まっている筋肉を弛めるリラックス を繰り返します。

1.2.のどちらも呼吸と共にします。

こうやることで若返るということが出来ると言うことに気がつきませんでした。

1940年に婦人科医のアーノルド・キゲール博士は尿失禁がある女性のために、効果のある、誰にでも出来る基本的な運動プログラムを考案しています。

これは男性にも有効です。会陰尾骨筋を意識的に動かします。同種の体操がヨーガに含まれています。

☆戦後の私たちは学校で習わなかったのです 「肚」のこと 

いつの時代でも教育の影響はあります。明治時代に日本が国家として統一されてからは、学校教育として「これだけは必ず教えるように」という基準がまとめられました。

身体の使い方としては体育や音楽や美術などがありますが、基本的な問題としての身体心理のエネルギーについては日本では扱われていません。

特に昭和21年からの敗戦後の教育では「和」の持つ特性を否定してしまった。
 
私たち日本人は古来自己を鍛え上げて、「肚」を持つことによって自己を完成して行く道を歩んでいました。(カールフリート・デュルクハイム著「肚」人間の重心 麗澤大学出版会)。

しかしそれは先祖が残した多くの遺産によってそれは伝えられています。芝居や踊り、歌、琴、三味線、建築、書、画、その他もろもろの伝統の文化です。

それが現代は一般には忘れられています。私も昭和15年生まれで、「肚」を追求することを殆ど忘れていました。和の多くの稽古ごとはその要素を持っていますが、私は何一つ習うことがありませんでした。

50歳になってから剛柔流の「空手」を10年間習い続けて辛うじて黒帯を得て、今は道場を休んでいますが、80歳から再開の予定で空海が中国から持ち帰ったインドで生み出されたYogaを、今はもっと極めたいのです。

余談ながら空海に誕嘉鴣の母方が繋がっている様で、昔は高野山の塔頭から高野豆腐を毎年送って来ていたとのことです。

☆昔の女性は家庭生活の中で身体を鍛えていた 

武道家であり運動科学者でもある高岡英夫氏の著書「愛しあうからだ」(ビジネス社)には、ゆるやかに身体を動かす方法が記されています。

この本の中には女性には膣があるから、中心軸が感覚的に捉えやすいと書かれています。それに対して膣のない男性にはトレーニングに数年かかり、かなり難しいとのこと。

私がこの「中心軸のトレーニング」を重視している誕嘉鴣のヴォイス・トレーニング、を受け入れるのにやはり時間がかかりました。

 しかし女性も最近は身体の筋肉の状態が変化して、ストレスに耐える力が減り「肚」の座っていない人が多くなっています。それは社会に進出して男性と同じように働く女性が増えているからで、それに伴って男性と同じように「中心軸のトレーニング」が必要と感じて取り組まねばならない人が増えているのです。



今日は約1時間30分、
我が家の墓地がある山の奥を歩きました。

急な登りも、
下りの坂道も、
楽に歩けるようになって、
同じコースの必要時間は短くなりました。

歩き方のレッスンをテレビでしているのを見て、
使う筋肉が分かったからです。

ヨーガの身体の動かし方と呼吸法を、
実際の山登りで実践です。

いや実に楽しい午後のひと時でした。  

Posted by 松原廣始 at 21:35オアシス便り

2011年10月26日

自己を現す

殻を破り自己を現す。
本音を言いたいのだけれど、
言えない自分に言わせるには、
殻を破らなくては絶対に言えないと、
いつも思うのです。

そのために自分の身体があり、
それを使う自分がいるのです。

子供の時からの大好きな笛を、
吹くために身体と心を作り変えて来ました。
来週の土曜日の午後に知り合いや友人が集まって呉れます。

秋のスタジオ・コンサート
  
日時 平成23年11月5日(土曜)午後1時~
会場 スタジオ・ビボ
〒603-8341 京都市北区小松原北町61 ℡075-461-2080 松原

演奏 松原誕嘉鴣(Voc) 松原廣始(Fl) 田谷由貴子(Pf)

本を読むのも講座に出席するのも、
全ては幸せに生きるため。

その出発が背骨の一番下のエネルギーセンターを開くことです。

パトリシア・マーシア著「チャクラを活かす」(産調出版)P.25の写真。

    

誕嘉鴣は間違いなくこのセンターは開けています。
だから70歳とは思えない声なのです。

私も怖がらずに挑んでいます。
少年の時から怖れていた「性の殻を破り」、
前に突き進みます。  

Posted by 松原廣始 at 18:19ヨーガ

2011年10月23日

縄文・蝦夷文化

今年になって8刷目として文庫本として出版された、
梅原猛著「日本の深層」縄文・蝦夷文化を探る(集英社文庫)を、
読み始めています。

今から40年前頃に、
父の友人であり私のフルートの師匠であり、
同時に私達夫婦の仲人でもある山田忠男先生。

その山田先生の会
で、
梅原猛氏の話を聴いた覚えがあります。

梅原氏は山田先生の友人だったのです。



この本の裏表紙に書かれた紹介文を写しましょう。

「かつて東北は文化の先進地だった。亀ヶ岡式土器に代表されるように、繊細で深みのある高度な縄文文化が栄えたのである。著者は東北各地を旅しながら、宮沢賢治など詩人たちの心の深層に耳を傾け、また土着の信仰や祭りの習俗・アイヌの言葉に、日本人の隠された魂の秘密を探り当てる。原日本文化論の新たな出発点を印す意欲作」

今朝の食事の時に誕嘉鴣と話しました。
私の母の父(祖父)は福島県の郡山市三春市の生まれ。
そのためかこの本を読みだすとワクワクして止まらない。

一方誕嘉鴣の方は、
魂のふるさとはスペインで、
情熱の人です。

色んな血が混ざっている自分のなかの、
どの部分が活性化されるのか。

「日本人としての血が騒ぐのは?」
「幼き日の思い出を手繰り寄せ、自分を掘り出そう!」
  

Posted by 松原廣始 at 12:21日々の生活と小さな歴史

2011年10月19日

幸せに生きる

先日南千里のヨーガ教室の廣澤さんに、
ダライ・ラマ14世のヒーリング・マントラのCDを頂きました。
今それを聴きながらこのブログを書いています。

この声は緩んでいて響きは実に気持ちが良いです。
私もこの響きを求めて不必要な緊張を除こうと務めて来ました。

しかし咽喉の緊張はまだまだ残っています。
大分声変わりして緩んではきましたが・・・。



超緊張タイプの私が「これではイカン」と思って、
リラックスすることを目指して根気よく癖を直し、
誕嘉鴣のレッスンも受け入れ、
改めて正しい筋肉の使い方を、
自分の身体に根付かせようと繰り返しています。

不思議なものでこのダライ・ラマのCDを聴いているところに、
昔、と言っても手に入れたのは2003年、に入手した、

松井 浩著「高岡英夫は語る
       すべてはゆるむこと」(小学館文庫)が、

茶室の中から目の前に表れたのです。

勿論既に読んではいるのですよ。
しかしもう一度読み直します。

高岡英夫氏の本はこのほかに何冊か持っています。
私にとっての最大の課題の本は5年前に手に入れたもの。
うち一冊は三砂ちずるさんとの共著です。

それがヨーガで身体のチャクラを開くことに繋がっているのです。
ようやく夫婦で取り組みその一歩を踏み出しました。

ダライ・ラマ14世のこの響くマントラと、
そのCDを贈って下さった廣澤氏に心より感謝します。  

Posted by 松原廣始 at 13:26ヨーガ

2011年10月15日

こんにちは

THD手当てマスター養成講座通信 こんにちは№85     2011.10.

先月は台風騒動で振り回されました。今月は急な冷え込みで、私は体調が激変。若いころには楽に乗り越える事が出来た気温の変化も影響が大でした。筋肉が凝り固まっている所がはっきりとして、血液やホルモンやリンパ液などの流れが滞り、皆さんに「どないしたんです?」と心配をかけました。

何といっても身近の妻の心配が一番大変で、今回は私の方が誕嘉鴣に「手当て」をしてもらいました。そのおかげで重心の偏りを今までよりも厳密に感じられるようになり、固まっている所を解し、使わずに弱っている所の筋肉を育てています。お陰で呼吸は強くなり、声も深くなりましたよ。

☆エネルギーの流れとチャクラについて 

手当ては瞑想です。瞑想は考えることを止めます。意識を一点に集中するのですが、心があちこちに動いて一点に止めておくのが難しいので私たちはその練習を繰返します。

 世界中の民族はそれぞれに瞑想の工夫をして色々と方法がありますが、歴史の古いインドの地に伝わっている「ヨーガ」は非常に優れた方法です。

 近代からは急速に科学研究が深められ、電気や光、音や磁力などのエネルギーは取り出され利用されています。しかし自分達の身体が持っているエネルギーを使うためには、ひたすら「練習」を繰り返して練習してエネルギーを取り出す能力を高める事が必要です。

〈参考書〉
リズ・シンプソン著「チャクラヒーリング--自分自身の超自然的エネルギーの渦を知り心と体をコントロール」(GAIA BOOKS産調出版)

パトリシア・マーシア著「チャクラを活かす—あなたの生命エネルギーの流れをコントロールし、バランスを整える」(SUNCHOH産調出版)
 

 言葉を補う写真や図が多いから、若い人たちには受け入れられるかも知れません。

☆司馬遼太郎著「空海の風景」(中公文庫上下) 

 日本に僧空海が中国から伝えた「密教」は〈自然が持っている力をこの世に利用する智恵〉ですが、言葉では伝える事の出来ないものでした。そのために「図版」や「書」「唱え言葉=呪文」等を駆使して、この世を有意義に生き切ることを目指しています。

こうして眼に見えないエネルギーを具体的に人の役に立つように使いこなすことをした空海は、哲学宗教文学教育や医療施薬から土木灌漑建築まで活躍した天才です。空海は少年の頃から故郷の自然山野での訓練を繰り返し、その後中国に渡って研鑽を深めて日本に戻りました。
 
彼の生涯に成したことを調べて纏めた司馬さんの大作は、いまもまだ売られています。殆ど本を読まなくなった若い人たちにも、何とかして読んでほしい本です。映画化もされましたので、DVDでもマンガででもいいですから是非お願いします。

☆いよいよ本格的なヴォイス・トレーニングです

 来月からの研究科では、本格的に90分のV.T.の実習に入ります。私が40歳代ではなかなか素直に受け入れる事が出来なかった、THD手当てマスター養成講座の中心の科目です。


先日から気になっている本の紹介です。
好きと言うのでなく、
愛読書でもありません。



私はこの詩の世界を鑑賞することが出来ません。
「石頭ガチ男がどうしてこの本を?」と思われるでしょう。

誕嘉鴣だって好きでこの本を持っているわけではありません。
小学校と中学で一緒だった資産家の坊っちゃんのU君が、
彼女に昭和九年発行のボォドレェル「惡の華」(矢野文夫訳耕進社版)を、
プレゼントしたのです。

彼は彼女に惹かれていたとのことですが、
私は誕嘉鴣と婚約して結婚し、
彼が出版社でのゴースト・ライターをしていたころに知りました。
およそ世界の違う私を知った誕嘉鴣は安心したそうです。

彼は事情で姿をくらましていましたが、
いつの間にか亡くなられたとのこと。

しかしですよ。
今自分はこの本を味わえるかなと思っています。

およそ世界が違う私にも、
自分の世界を広める「時」が、
彼のお陰でやって来ているのです。



   

Posted by 松原廣始 at 18:32手当てマスター・五つの能力

2011年10月13日

本当の自分に

私が殻をかぶって生きている自分に気付き、
殻を破る方法を探し始めて、
20歳ごろから座禅の真似ごとを始めました。

同時に山歩きが好きな私はワンダー・フォーゲル部で、
足腰を鍛えようと休み時間には走っていました。
ある日身体に変調が起こり上半身に赤い吹き出物。

おまけに鼻水が滴り落ちて、
家庭教師のアルバイトはハンカチで鼻を押さえて苦労しました。
直感で乾布摩擦で肌をこすり続け、
吹き出物と鼻水は2年で克服しました。

自分の人生の目的が決まらぬままに入っている国立大学では、
繊維工学を学んでいましたが、
あいまいなまま就職しました。
しかし3年目に退社して関西学院大学の編入試験を受けて、
文学部で音楽美学を学びました。

そこを卒業した後は「自分は本当に教える人」になろうと、
京大の教育学科で聴講生になりましたが、
「学園紛争」で授業どころではなく休講の連続。

「こんなことしてたら食べて行けへんわ」と思い、
「幼児のための音楽教室」をスタートしたのです。

一年後には思い切って借金をして、
自分の家の一部を壊してスタジオを建てました。
同時に「教室だより」を発行し始めました。(昭和47年・27歳)

子供たちを連れて大勢の若いお母さん方が来られました。
一年後(昭和48年)には我が家にも息子が生まれ、
声楽家の誕嘉鴣(まだその頃は孝子)は母親に。

この仕事は10年程は続けましたが、
まだ本当の自分になる道はまだ選んでなかったのです。

そんな時に出会ったヨーガは、
自分の進む道を明快にする方法だとすぐに分かりました。



佐保田先生の「ヨーガ入門」(池田書店)を知って、
多くのアーサナ・呼吸法・瞑想を深め、
そして「チャクラ」のことに進みます。

このキャロライン・メイス著 川勝勝=訳
    「7つのチャクラ」(サンマーク出版)は、

参考書の中でも抜群です。

副題は本当の自分にたどり着くためにです

自分が一番やりたいことをして、
同時に多くの人と幸せに生きる、
そんな先生に71歳でたどり着きました。

これからが本格的な修業です。  

Posted by 松原廣始 at 13:48ヨーガ

2011年10月12日

マンガで解りやすく

自分のために買っていたマンガがありました。
言葉で説明できないけれど事実を何とか伝えようと、
古来聖賢たちはあの手この手で残してくれています。

今の世の中にも無数にある試みの中には、
こういうう作品もありました。

私も子供のころからあれこれと次々と惹かれるものに、
必要なことを教えられてstep by step です。

年齢も性の違いも、
国籍も何もかも関係なし。

だから病気や喧嘩をしても不思議に楽しいのです。
自分には成長のために出会っているからね。

        

このブログという「場」を与えられて、
私は色々と折々に書いてますでしょう?

このマンガ「密教入門」にも、
四国のお遍路さんのことが出て来てます。

自分は友達と五十年前にリュックを担いで、
よく歩きましたね。

重たい綿製のテント生活を四国で二週間。
飯ゴウでの自炊生活は楽しかった。

何も知らない二十歳の友人と僕はお年寄りに、
「泊まって行かないか?」誘われて、
訳も分からず一宿一飯の「縁」を頂いたのです。

今日はTHDの京都本社に妻と出かけ、
今の僕たちに出来ることを100%伝えさせて頂きます。

       縁のある人と共に!  続きを読む

Posted by 松原廣始 at 07:36ヨーガ

2011年10月05日

20歳年下の友人へ

うわぁー!初雪の写真送ってくれて有難うicon06



この山の写真を見ると「白馬!」と叫びたくなるね。

実は一昨日に名古屋で誕嘉鴣のヴォイス・トレーニングの新しい教室をスタートしたのですよ。

彼女もついにこの7月から東京での教室を始めて、今のところ10人程度ですがまず30人を目指して順調に広がっています。

「心底の本音を人に伝える」コミュニケーションとして、声楽家以外のジャンルの人たちに役に立つと彼女は信じているのです。
彼女は「塩嶋君にも名古屋の案内を送ろうかな」と言ってます。

東京は品川から京急線で一駅の「蒲田」か「新横浜」のどちらかが教室ですが、白馬村からでは名古屋駅降りて地下鉄3駅目の「新栄町」とどちらが近いかな?

ヨーガ教室をしながらフルートを「本当にイキイキと吹けるようになりたい」と願っている僕は、まぁ半分は彼女のマネージャーです。

72歳で彼女が歌うように僕も笛(フルート)を吹いて若いころにステージに立ったように、『日本人の心を歌い上げる「山鳥組」(千秋次郎作曲)』を多くの人に聴いて貰おう!というのが今の僕の夢なのです。

その時には僕と誕嘉鴣とのステージに、君も加わって貰いたいな。よろしく頼みます。

松原飛龍志matsubara14142@yahoo.co.jp

誕嘉鴣の追伸

私は廣始が言うようなスロースターターではないと思う。
むしろ大学を卒業してすぐに専任助手として認められた早熟タイプ。
スロースターターは廣始だから、結婚して苦労をして来た。誕嘉鴣  

Posted by 松原廣始 at 05:03日々の生活と小さな歴史